[書評]ポケット版 小さなスーパーの世界一のサービス

この本は顧客志向についての哲学が書かれた本です。もともと2002年に出版されていたもので、ぼくも2004年くらいに読んでいました。読んだことすら忘れてたんですけど、ポケット版を今回改めて読み返してみたところ、かなり影響を受けてることがわかりました。

象徴的なエピソードがあるので、それを紹介することにします。
彼のスーパーではレジ前にお菓子の棚を置いていたそうです。スーパーでもコンビニでもよくありますよね。クロスセルの典型的な施策ですが、じっさい衝動買いを誘うので売上にも貢献します。
でもファーガル・クインはこの棚を廃止したそうです。なぜなら子連れのお母さんから子どもがぐずるので困るといわれたから。ときにはお菓子が買ってもらえないと泣き叫ぶ子どももいます。そのせいでレジに混雑が生まれて、子連れじゃないお客さんにまで迷惑を掛けることになっていたからです。

顧客志向で考えればレジ前のお菓子棚を撤去するべきことは明白なんですけど、それによって失われる売上と利益がはっきりわかっていたので――その一方で撤去したことで得られる利益は測れないため――財務担当にこの決断を納得させる方法が見つからなかったと彼はいっています。
彼の主張を引用します。

 短期的考えに背を向けることの直接的損失は明らかです。一方、長期的考えで動くことから得る利益はずっと不明確です。
(『ポケット版 小さなスーパーの世界一のサービス』P.30)

 事業のトップは、時には自分の直感に身を委ねる覚悟が必要です。リーダーの役目は時として、「これは数字では表せないが長期的視野に立つ心構えだ。これをすることで長期的にはより多くの利益を得ると私は直感する」と社員にいうことです。
 これがまさにビジネス・リスクというものです。もし事業を継続したければ、もちろん直感が正しいに越したことはありません。
(『ポケット版 小さなスーパーの世界一のサービス』P.34)

これは決済権のあるえらい人にぜひ読んでほしいのですが、「ROIがわからないから」や「KPIが決められないから」という理由だけで判断するのはやめるべきです。それは責任放棄でしかありません。ぼくは怠慢ですらあると思います。本来はROIがわからないからこそ、リーダーが判断すべきなんですよね。

もちろんROIやKPIを無視することを薦めているわけではありません。ぼく自身、経営側にいたこともありますから、むしろROIやKPIに対する意識は強いほうだと思っています。
効果測定そのものは大事なことだと思いますし、明らかにROIがマイナス(つまり損をすることがわかってる)ならよほどの状況でもない限りやるべきではないと思います。とくにコスト意識はしっかり持つべきで、会社のリソースを使う以上、どのくらいのコストが発生しているのかは、それがどんな施策であれ把握しておくべきでしょう。

だけどこの本の例にあるようにレジ前のお菓子棚を撤去するような話の場合、発生するのは撤去費用だけでランニングのコストはありません。また、たとえばアクティブサポートのようなソーシャルメディアでの施策をはじめる場合は、それによって発生するコスト(人件費等)はわかっているものの、効果として得られるリターンがわからないので、ROIが測定できません。
多くの企業では次のような状況で、提案が承認されないケースは多々あると思います。

  • 毎月失われる売上がわかっているが、それによって生まれる売上がわからない
  • 毎月生まれるコストはわかっているが、それによって生まれる売上がわからない

まず、顧客サービスにはROIを測定しづらい、数値化しづらいものも多いということを正しく認識すべきです。これは無視するわけでも軽視するわけでもありません。現実的に考えてのことです。
余談ですが、その効果を測定するために莫大なコストが発生することもありえます。この場合は「測定できるけど、してしまうと明らかに損をする」ため、おそらく測定しないという判断になると思いますが、その場合に施策そのものをどう評価するのかは興味深いですね。

「ROIはたしかに測定しづらい、だけどKPIは設定すべきじゃないか」という意見もあると思います。もちろん設定できるなら設定すべきです。ただしそれはその施策の目的に沿ったものでなければなりません。
目的からはずれたKPIを定めても意味がありませんし、仮に定量的に数値化ができたとしてもそれが全体を表していないことも多々あります。

たとえばソーシャルメディアマーケティングにおけるよくあるKPIとして、「リツイート(RT)数」や「Facebookでシェアされた数」などがあります。これを話題になったかどうかを測るためのKPIに定めても、顧客のオフラインでのクチコミやメールで共有された数は含まれません(この場合はまだサイトへのアクセス数、訪問者数のほうが有効だと思います)。
また自分たちの顧客やファンを増やすことを目的にして、そのKPIを「被フォロー数」にすると、フォロワーを増やすためにプレゼントなどを企画して、そもそもの目的からはずれていきます。

こうした効果測定の不十分さを理解してKPIを定め、参考値として見れるならいいのですが、限定的な数字に惑わされて重要な決断をしてしまう企業も少なくありません。
ROIを測ることも、KPIを定めることも、いずれも重要ですが執着しすぎるのはよくないです。成功することが明らかなら誰にでもゴーサインは出せます。それが不明確だからこそ判断しなければならないわけですし、その判断の精度であり正確さが問われるわけですよね。

不確定な未来について決断するのがマネージャーの仕事、ということを本書を読んであらためて実感しました。

このほかにもどうすればお客さんの本音を聞き出せるかとか、顧客志向な組織になるためのヒントがたくさん書かれています。
ちょうど読み終わったときにこんなことをつぶやいています。

ほんとうの顧客志向はけっして採算度外視じゃない。コストを無視するのではなく、リターンがはかりにくい施策があることを認めること。そして顧客サービスはコスト削減や利益率アップで利益につながることも少なくない。ぼくがじっさいに手がけた具体例はセミナーで(いつだよwThu Jan 12 14:26:23 via jigtwi

最後の例が「購入したお客さんに提供するレジ袋を、空き箱も選べるようにしたら、お客さんの満足度も上がり、レジ袋のコストも下がった。さらに空き箱の処分費用も削減された」という話で、つまり顧客サービスを改善することは「長期的に儲かるから」という直感頼りのケースばかりではなくて、もっと短期的に利益につながることもあるという話です。
いまは日本のスーパーでも空き箱を置いてるところが多いですよね。

これはレジ袋だとクルマと家を何度も往復しなければならないので、箱に詰めてほしいというお客さんの要望を受け止め、サービスを改善したという事例なのですが、お客さんのリクエストに応えることはコスト増加になるとはかぎらないということです。
似たような事例はぼくも過去に手がけていて、たとえばブックオフオンラインで考案した「オトナ買いお知らせメール」の価格指定機能(指し値機能)がそうです。これは全巻セットの合計金額が自分の希望価格以下になるまでは(たとえ全巻が揃っても)メールしないという機能なのですが、こうすることによってお客さんは不要なメールを受け取らなくてよくなりますし、会社側もサーバーの負荷が軽減されたり、お客さんの値ごろ感を把握できたりするのでいいことづくめなんですよね。もちろん開発費用や運用のコストもかかるのですが、それ以上に利益を生んでいます。

ほかにもあるんですけど、長くなってきたのでこのへんで。
でもこの本はほんとにいいと思うのでぜひ読んでほしいです。

河野

当メディア編集長。コミュニケーション・デザイナー。企画屋。1997年、ニフティ入社。2001年にニフティ退職後、フリーターとして数年過ごし、2004年から2005年までオンライン書店ビーケーワンの専務取締役兼COOを務める。ECサイト初となるトラックバックを導入し、また「入荷お知らせメール」などを考案した。また、はてな社との協業による商品の人力検索サービス等をプロデュース。2005年から2007年までシックス・アパート株式会社のマーケティング担当執行役員を務める。2007年から2010年までブックオフオンライン株式会社取締役を務め、サービスの立ち上げ全般のサポートに加え、「オトナ買い」や「デマチメール」などの独自機能を考案した。その後、フリーランスに。2014年から株式会社クラシコムに勤務。現在に至る。「アクティブサポート」や「最愛戦略」の提唱者。個人として「攻城団」と「まんがseek」を企画運営。個人のサイトはsmashmedia

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