加賀屋に学ぶ「おもてなし」

マーケティングの話題でもよく出てくる「おもてなし」について。英語の「ホスピタリティ(hospitality)」の和訳としても知られる、この「おもてなし」について考えてみましょう。

「おもてなし」や「ホスピタリティ」というとどうしてもリッツ・カールトンやサウスウエスト航空、あるいはザッポスのような海外企業が取り上げられるケースが多いのですが、今回は国内企業、それも老舗旅館の「加賀屋」の記事を紹介します。1年前の記事ですが、いま読み返しても色あせていないのでぜひ読んでください。

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20090826/336011/?ST=biz_service

 加賀屋は和倉温泉(石川県七尾市)にある。創業は1906年。年間宿泊客が20万人を超える歴史ある大規模な和風旅館だ。この加賀屋が提供するサービスはあまりにも有名で、これまでテレビや雑誌でも数多く紹介されただけでなく、「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」に長く総合1位を獲得し続けている。ちなみに、ここでいうプロとは全国の旅館業者である。サービス産業生産性協議会(http://www.service-js.jp/cms/index.php)の「ハイ・サービス日本300選」(http://www.service-js.jp/cms/page0600.php)も受賞している。

この記事では加賀屋が提供する「おもてなし」のサービスを実現するために、いかにハード・ソフト両面のシステムが整備されているかを説明しています。
客室係に裁量を与えるだけでなく、彼女たちが接客に十分な時間を割けるように食事の「自動搬送システム」が構築され、また精神的負担を軽減するために企業内保育園「カンガルーハウス」が用意されている。

旅館において「おもてなし」をもっとも表現できる機会を持っているのは、他ならぬ客室係であるため加賀屋では彼女たちのサポートを徹底していることがわかる。
またきめ細やかなサービスを実現するために担当部署間で調整が発生する際は、客室係が自ら行なうのではなくフロント(客室センター)が調整を代行する。これも客室係が接客に集中できる環境を作るために行なっていることで、すべての仕組みが最前線に立つ客室係を支援するために組み上がっているのがすごいですね。

「おもてなし」を定義する

ぼくがこの記事でいちばん興味深く読んだのはここです。

 加賀屋では、約180人の客室係りが宿泊客に品質の高い「おもてなし」のサービスを提供している。加賀屋にとっての「おもてなし」とは、宿泊客が求めていることを、求められる前に提供することだ。そのためには、目の前にいる一人ひとりの宿泊客が何を求めているのかを知る必要がある。予約時に宿泊の目的を知ることも可能であるし、過去の宿泊記録からそれを推定することも可能だ。

加賀屋における「おもてなし」とはなんのかについて、きちんと定義しているところが素晴らしいです。
彼らは「宿泊客が求めていることを、求められる前に提供すること」と定義しているわけですが、これはすなわち「顕在化している顧客ニーズに先回りして応える」ということで、いわゆる潜在ニーズのことは考慮していない。もちろんまったく考慮していないわけではないだろうけど、サービスの基本としてどこに集中するかを明確に定めることがいかに大事かを証明しています。

そのために加賀屋は「宿泊客が求めていること」をいかに早く察知するかを考え、そのためには少しでも長く宿泊客のそばにいる時間を作ることが必要であるとして上述のシステムが構築されている。

「おもてなし」を実現するために意識改革や情報共有は重要です。リッツ・カールトンを真似てクレドを作る企業も少なくないと思います。
ただそれよりもまず最初に決めるべきは自分たちにとっての「おもてなし」の定義です。ここが曖昧なまま、「お客さんのためにベストを尽くしましょう」のようなお題目では現場は動けません。そしてそれをサポートする仕組み。システムに加えて、組織の体制づくりが非常に重要になってきます。
そこまでの準備ができてやっと現場に任せることが可能になるのです。

クレームをゼロにするために、クレームに感謝する

もうひとつ、別の記事も紹介します。こちらも一年前の記事です。

http://president.jp.reuters.com/article/2010/07/12/64F9553C-88A1-11DF-BE9F-30FF3E99CD51.php

 「私たちが徹底しているのは、お客様からいただいたご意見を捨て子にしないということ。年間20万人の方がお泊まりになりますが、その中の一つの意見も捨ててはならないと考えています」と統括客室センター長の楠峰子さんが話す。

 加賀屋では各フロアのリーダーが集まる「リーダー会議」で140人の客室係の意思統一を図っているが、とりわけ重要視されているのは、宿泊客からのアンケート(マークシート式)をもとにした月に一度の「アンケート会議」だと彼女は言う。アンケートの数は年3万通。それを集計し、小さな点まで「改善」の目が行き届くように心がける。その結果は個人ごとに数値化され、フロアリーダーを通じて客室係へフィードバックされる。

加賀屋では宿泊客にアンケートをお願いしており、その数は年間3万通におよぶ。ここに記された顧客の不満を見逃さず、小さな改善を常に続けている。

ぼくはネットショップでも同様のアンケートをなぜやらないのかが不思議でならないのだけど、じっさいに顧客にアンケートを依頼している企業は少ない。あるいは加賀屋のようなリアルショップでもネットアンケートを併用すればもっと多くの声を集められると思う。
加賀屋の場合、年間20万人の宿泊客に対してアンケートは3万通。回収率に直すと15%しかない。当然宿泊客はカップルや家族連れが大半であろうから、実際の回収率は30〜50%程度なのだろうけど、匿名性を担保しやすく、記入も簡単なネットアンケートならもっと回収できる可能性がある。

さらにソーシャルメディア上での声も収拾すればいい。場合によってはツイッターではリアルタイムで不満を述べている顧客が見つかるかもしれない。
ちなみに「加賀屋」でツイッターを検索してみると、ノイズも多いがきちんと宿泊客も見つかった。

https://twitter.com/search?q=%E5%8A%A0%E8%B3%80%E5%B1%8B&src=typd

「伝説」は現場では「普通」の対応

では「おもてなし」とはいったい何をすれば実現できるのでしょう。加賀屋に限らず、サービスカンパニーには数多くの「伝説」的なエピソードがある。

加賀屋の「おもてなし」がメディアで紹介されるとき、よく取り上げられるこんなエピソードがある。……女性宿泊客との会話の中で、亡くなった夫と一緒に加賀屋へ来たかった、という話を客室係が聞く。そこで担当の彼女はすぐさま調理場に頼み、夕食時にそっと陰膳を用意する――というものだ。

ぼくが「加賀屋の記事を読み返している」とツイッターでつぶやいたら、友人がこんな体験談を紹介してくれました。

@smashmedia 祖父母を招待したことがあるんです。2回/2年。仲居さんは1回目と違ったんですが、1回目の仲居さんに廊下ですれ違ったときに「ご無沙汰してます。お元気そうで何よりです」と話しかけられたそうです。1年ぶりに行ってですよ。祖父母が泣いて喜んでました。Fri Aug 13 07:48:04 via HootSuite

おそらく現場にはこの手の話がいくらでも転がってるんでしょう。と同時に、彼らにとってはこれが「普通」のことで、きっと誰かに指摘されても「ああ、そういうのもありましたね」程度でしかないんじゃないかな。

「これをすればお客さまは喜ぶに違いない」とか「これはきっとサプライズだろう」と考えてるうちは「おもてなし」ではありません。そういうある種の「駆け引き」のようなものは「おもてなし」には不要で、極めて普通に、至って自然に、お客さまの希望を叶えることが本当の「おもてなし」なんだと思います。

けっきょくのところ「おもてなし」とはマニュアルを超える対応をひとり一人のスタッフが自主裁量でやるわけですから、大原則となる基本方針がしっかり定まっていないと不可能ですし、彼らに余裕がなければ実現できるはずもないのです。

まずは「おもてなし」の定義作りから始めてみませんか。

河野

当メディア編集長。コミュニケーション・デザイナー。企画屋。1997年、ニフティ入社。2001年にニフティ退職後、フリーターとして数年過ごし、2004年から2005年までオンライン書店ビーケーワンの専務取締役兼COOを務める。ECサイト初となるトラックバックを導入し、また「入荷お知らせメール」などを考案した。また、はてな社との協業による商品の人力検索サービス等をプロデュース。2005年から2007年までシックス・アパート株式会社のマーケティング担当執行役員を務める。2007年から2010年までブックオフオンライン株式会社取締役を務め、サービスの立ち上げ全般のサポートに加え、「オトナ買い」や「デマチメール」などの独自機能を考案した。その後、フリーランスに。2014年から株式会社クラシコムに勤務。現在に至る。「アクティブサポート」や「最愛戦略」の提唱者。個人として「攻城団」と「まんがseek」を企画運営。個人のサイトはsmashmedia

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