「じょうごモデル」から「どかんモデル」へ
マーケティングには常に「知っていただく」と「好きになっていただく」というふたつの課題があります。
(「買っていただく」は後者の達成条件のひとつでしかありません)
現代は知っていただくことがどんどん困難になっています。そしてこれはネットにかぎった話じゃないのも厄介なことで、多くの企業は情報大爆発の状況を憂いていながらも、さらにそこに大多数の人にはノイズでしかない情報を投下しているわけです。これはもう悪夢です。
どこかでこの流れを断ち切り、無意味な情報の垂れ流しを止めなきゃいけません。
ぼくはこれを解決するのは「じょうごモデル」からの脱却だと考えています。
多くのマーケティングの教科書に書いてあるマーケティングファネル(じょうごモデル)の考え方は、けっきょく「広く告げる」という広告ありき、マスありきの考え方です。
1万人に知らせたら、1000人が来店してくれて、そのうち100人が買ってくれるだろうというやり方では、9000人にはスパムですし、900人にとってもさほど有益だったとはいえません。
ぼくらはこの発想を逆転させて、そもそも買ってくれる100人にだけ届けるにはどうすればいいか、と考えていくべきだと思うのです。
ぼくはそれを「どかんモデル」と名づけました。
マーケティングの効率性を高めようと考える際に、ぼくらはいつも歩留まり率を高めようとしてきました。それは頭にじょうごが浮かんでいたからです。でもそこがすでにまちがっていたのです。
ぼくらは「いかに残すか」という視点ではなく、「(ご縁のない人に)いかに伝えないか」という視点で見るべきだったのです。
「知っていただく」と「好きになっていただく」をイコールにすることができたときこそがマーケティングの成功だと考えるべきで、それは従来のマーケティングの常識のいくつかを否定あるいは更新しなければならないのでしょう。
たとえばSTP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)による市場細分化は適切なのかとか、あるいはADIMAやAISASといった購買行動プロセスが正しいとしてもそれを前提にマーケティング施策を行なうことは妥当なのかとか、もう一度ゼロベースで考えてみるべきです。
また「どかんモデル」のメリットのひとつはアンチが生まれにくい点です。
けっきょくのところ批判が出てくるのは対象じゃない人(ご縁がない人)に届いてしまったからです。必要以上に広げず、支持者がすこしずつ増えていくのは、糸井さんの言葉を借りれば「出入り自由の宗教」ということもできます。
どんな商品にも適性なサイズ(販売数)というものがあります。その限界値に向けて、ムリをせず少しずつ成長させていくべきです。もちろん現実問題として、一定規模の販売量を考えた際にじょうごモデルを捨てきれない気持ちもわかりますが、徐々にでもどかんに近づけていくのがいいでしょう。
ぼく自身まだこの「どかんモデル」のメリット・デメリットについて整理しきれてない部分もありますが、2013年はこのへんのことを意識して考えてみようと思っています。
そしてマーケティングの再定義についても考えていきたいです。
かつてドラッカーが「マーケティングの究極の目的とは(余計な)セリングを不要とすることである。」と語ったように、ぼくらは「(余計な)マーケティングを不要にする何か」について考える時期にきているのだと思うのです。
ぜひこのへんについていっしょに考えてみませんか。