マーケティングは人の心を知る仕事なので、ある程度は自分の感覚に自信を持つべきですし、そのための努力も必要です。
いろんな雑誌を読んだり、流行のスポットに出かけたり、もちろん新しいネットサービスを使ったりもある程度はしたほうがいいです。

マーケティングやコミュニケーションに関わる人は自分の好き嫌いではなく、みんながどう感じるかを想像できなければなりません。
(もちろんこういう書き方をしている以上、マーケターだけの話ではなく、デザイナーや営業や開発やすべての人を想定しています)

くだらない話で恐縮ですが、ぼくもマーケティングの仕事に移ってから「月9」(フジテレビの月曜9時に放送されるドラマ)を見続けることをマイルールにしています。もう10年くらいになりますね。
優秀な人たちがいまいちばん視聴率が取れると考えるテーマや設定を見ることで、何かしらヒントを得られるんじゃないかと思って続けています。最近は「どうかな?」と思うことも少なくないのですが。

そうやって自分の感覚を常にチューニングすることが苦痛な人はマーケティングには向いてません。自分の興味関心とは関係ない情報であっても、世の中を知るためには取り入れなければなりません。

それでも自分の感覚を疑う

しかしそこまで日々努力をしてなんとなく消費者の気持ちがわかったつもりになっていても、それでも自分の感覚を疑うくらいの慎重さが必要です。
そのためにぼくはいつも「プルトップ」の話を自分への戒めとして思い出すようにしています。

プルトップ導入当時の話

いま自販機やコンビニで購入するほとんどの缶コーヒーは「プルトップ」といって、引き金を引っ張って開けるようになっています。これは正確には「ステイオンタブ式」といいますがここでは「プルトップ」とします。

20代の方はもしかするといまの方式しか知らないかもしれませんが、じつは昔はそうではなかったのです。少し昔は「プルタブ」といって、引き金の部分を引きちぎって開けていたのです。
(もちろんさらに昔は缶切りで開ける方式)

歴史的経緯としては1980年代にプルトップが登場しました。
これは飲料缶から外されたプルタブがポイ捨てされることが環境問題・社会問題として認識されるようになったからです。ゴミとしても、また動物が誤飲してしまうことも問題になりました。

しかし日本のメーカーは当初はかなりプルトップの導入に消極的だったのです。なぜだかわかりますか?
みなさんが缶コーヒーを飲むシーンを創造してみてください。それはプルトップにすると、もともと外に出ていた開口部分の金属が内部に押し込まれるため、衛生的ではないという意見があったからなのです。

じつはぼくもこの感覚はあって、とくに「日本人は清潔好き」という先入観もあって、普及するのは難しいかもしれないと思ってました。
でもじっさいはご覧の通りです。事実ほとんど拒否反応はなかったそうです。考えてみればプルタブであっても缶に口をつけて飲む以上、たいして差はないんですよね。

この事例はいろんなことを示唆しています。
たしかに人は変化を嫌いますので、消費者が受け入れないんじゃないかと考えた当時のメーカー担当者の気持ちもよくわかります。でも本当に変化を嫌ってるのは消費者じゃなくて、メーカー側だったりするんですよね。
消費者のほうがよっぽど柔軟性があります。

そして衛生といった個々人の問題よりも、環境や社会の問題のほうが重視されるという、ある意味では当たり前のことが起こっていることも大事なポイントです。
あれこれと余計なことを考えず、人としてなすべきことをやれば消費者に理解してもらえるというのは勇気付けられませんか。

ぼくはいつもこの話を思い出すんですね。

ぼくの失敗談も

自分の失敗談も戒めとしては大事ですね。もちろんぼくにもあります。

「@nifty」の話

ひとつは当時勤めていたニフティが富士通グループに入ることや、パソコン通信からインターネットにシフトすることもあって(加えて当時はCI=コーポレートアイデンティティとか騒がれていたこともあって)、サービス名やロゴを一新しました。

たしか電通が提案したと記憶していますが「NIFTY-Serve」から「@nifty」に変更するという発表がありました。
インターネット化イコール、メールアドレスでドメインの「@」がその象徴だというロジックで説明されたのですが、ぼくも含め社内では不評でした。

当時パソコン通信では現在地や所属を表すために「@」を使ってたんですね。「河野@自宅」とか「河野@××会社」といったように。
それを前面に出すのはどうなんだとぼくらは思ってしまったのですが、まさに「中の人」だから消極的になってしまう悪例ですね。
まあ「@nifty」が世間一般に普及したかというと別なんですけどね。

リスティング広告の話も

もうひとつはリスティング広告(検索連動型広告)の話です。
これもぼくは懐疑的でした。2002年にオーバーチュアが日本進出すると聞いた際に「広告とわかってるのにクリックするわけないじゃん」とコメントしたのを覚えています。

これも見事に外れていて、いまは思いっきり普及しているどころか、ぼくも出稿側としても使いましたし、ひとりの消費者としてもクリックしています。
じっさい自分のお金を払うわけでもないので、消費者は情報として見ますよね。それこそ商品を探している場合は、このエリアは結果的にショップリストになるので、比較するときにクリックすることもけっこうあるでしょうし。

ましてやこれは当時は想像してませんでしたが、ブログが登場して以降は通常の検索結果部分にアフィリエイト目的のスパムブログなどが増えてしまったので、リスティング広告の価値が相対的に上がっているように感じます。
いずれにせよ、当時のぼくはまるで何もわかってなかったですね。

自分の感覚を過信しないように

マーケティングは学び続けなければならないので、ぼくらは常に世の中のことや、人の気持ちについて知る努力を怠ってはいけません。
と同時に、いまの自分の感覚を過信しないようにしましょう。

そのときにブレーキになるようなエピソードがあるといいですね。みんなでこうした「わかってなかった」失敗談を共有するのもいいかもしれません。

河野

当メディア編集長。コミュニケーション・デザイナー。企画屋。1997年、ニフティ入社。2001年にニフティ退職後、フリーターとして数年過ごし、2004年から2005年までオンライン書店ビーケーワンの専務取締役兼COOを務める。ECサイト初となるトラックバックを導入し、また「入荷お知らせメール」などを考案した。また、はてな社との協業による商品の人力検索サービス等をプロデュース。2005年から2007年までシックス・アパート株式会社のマーケティング担当執行役員を務める。2007年から2010年までブックオフオンライン株式会社取締役を務め、サービスの立ち上げ全般のサポートに加え、「オトナ買い」や「デマチメール」などの独自機能を考案した。その後、フリーランスに。2014年から株式会社クラシコムに勤務。現在に至る。「アクティブサポート」や「最愛戦略」の提唱者。個人として「攻城団」と「まんがseek」を企画運営。個人のサイトはsmashmedia

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