消費のプロに聞け(統合戦略のヒント)
『グランズウェル』で提唱されている戦略には次の5つの目的があります。
- 傾聴戦略:顧客理解を深める
- 会話戦略:自社のメッセージを広める
- 活性化戦略:熱心な顧客を見つけ、彼らの影響力を最大化する
- 支援戦略:顧客が助け合えるようにする
- 統合戦略:顧客をビジネスプロセスに統合する
必ずしも上から順に実行する必要はないのですが、難易度としてはほぼ下に行くほど難しくなっていると思ってよいです。とくに最後の「統合戦略」は他の4つを達成してからやるべきだと著者も書いています。
今回はその「統合戦略」に関する話です。
「統合戦略」の事例
『グランズウェル』で語られている「統合戦略」は、顧客を自社のプロセスに文字通り統合することです。ソーシャルメディアの普及により、企業と消費者のコミュニケーションコストは極限まで下がってきています。直接繋がることも、多数と繋がることも可能になりました。
そこで、企業は製品やサービスをリリースしてから顧客の反応を聞くのではなく、顧客と一緒に製品を開発したり、あるいはマーケティングメッセージを考える際に顧客の声を取り入れたりするべきだというのが「統合戦略」での主張です。
もちろんぼくはこの主張に同感なのですが、同時にこの「統合戦略」は注意が必要だと感じました。
具体的な注意点を指摘する前に、事例を見ていきたいと思います。
最近の事例
まず最初にここでの「成功」の定義をしておくと、数年にわたって継続されている取り組みを指します。
もちろん短期で撤退しても十分な利益を生んだプロジェクトもあれば、長年赤字を垂れ流しつつも惰性で続いているプロジェクトも中にはあるでしょうが、総体として捉えれば、(個々の事例の収益がわからないこともあり)やはり長期にわたって継続されているプロジェクトを成功例とすべきでしょう。
その前提で、比較的新しい事例を見ていきます。
とりあえずこのあたりは記憶に新しいのではないでしょうか。
カルピス×mixi
これは2008年11月にカルピス株式会社が出した新商品です。
このたび当社が発売する「『フルーツカルピス』ミックスフルーツ&カルピス」は、清涼飲料では国内初となる『mixi』ユーザーとの共同開発プロジェクト商品です。
日本最大のSNS『mixi』の公認コミュニティ「フルーツカルピス®開発プロジェクト」内において、4ヵ月間にわたり、実際の飲料開発に沿った形で<フレーバー><キャッチフレーズ><パッケージデザイン>の公募・投票を行い、選ばれたアイディアや意見をもとに商品化しました。
なお、お客さま相談室に問い合わせたところ、1.5リットルと500mlのものは2009年秋に販売終了しており、280ml入りの自動販売機専用商品は、偶然にも昨日(2010年9月末)で販売終了となったそうです。2年もったと言うべきなのでしょうか。
「mixi」内のコミュニティ「フルーツカルピス開発PROJECT」(2008年4月21日に開設)も現在ありません。
かろうじて残っている検索結果の文章を読む限り、「このコミュニティは8月31日のフィナーレを迎える」と計画的に閉鎖された様子です。
エースコック×mixi
続いてこちら。
これはエースコック株式会社が手がけた「夢のカップめん開発プロジェクト」です。こちらも「mixi」の公認コミュニティでユーザーからアイデアを募集しています。募集から3週間でカップめん526件、カップはるさめ209件のアイデアが寄せられ、同社の審査とユーザー投票で商品化案を決定し、その結果として「つゆ焼そば」と「カレーラクサ春雨」が2007年12月に発売されています。
さらに第2弾として、スーパーカップ2商品、スープはるさめ2商品、計4商品が2008年12月に発売されています。
しかし近所の西友とコンビニ(サークルK)には置いてませんでした。
問い合わせたところ、こちらの商品も2009年2月に発売終了となってました。
カップ麺はサイクルが激しい業界なので、3ヶ月での販売終了(2008年12月発売開始、2009年2月発売終了)は珍しいことではないのでしょうが、これは成功とは呼べないでしょうね。
もちろん短期的にすごく利益を生んでいる可能性はありますので、ビジネス的な成功・失敗ではなく、あくまでも新商品開発における失敗です。
また「mixi」内のコミュニティが閉鎖されていることを考えても、短期の売上的にもそれほど大きくなかったのではないかと推測します。
VitaminWater×Facebook
海外ではVitaminWaterがFacebook上でフレーバーをデザインするコンテストを展開し、「Connect」という名前で2010年の3月から販売しています。
この商品の開発にあたって、まずFacebookアプリを開発し、Facebook上でフレーバーや含有する栄養素などを決めたそうです。またラベルコピーと名前の選定はコンテスト形式(賞金は5,000ドル)で行われました。寄せられたアイデアはFacebook上のファンページで閲覧することができ、ファンによる投票も参考にしつつ商品が開発されています。
じっさいのところ、どのくらい売れているのかわからないのですが、Amazon.comでは現在も取り扱っていますね。
女子高生ブーム
消費者参加の商品開発というと、ぼくは「女子高生が作った」という数年前に起こった女子高生ブームを思い出します。
ポッカコーポレーション×品川女子学院
たとえばこういうのがありました。
これはポッカコーポレーションが品川女子学院とコラボして作った「桃恋茶」(とうれんちゃ)です。名前もふりがななしには読めないのですが、この名称で烏龍茶というのもなかなか驚きです。ジャスミン茶っぽい名前なのに。
プレスリリースによれば、かなりのアイデアが取り入れられてるようです。
■生徒による商品開発から販促提案
「桃恋茶」は、商品コンセプトからパッケージデザイン、販促用のポスターに至るまで、品川女子学院の生徒のアイデアや生の声を活かして開発されました。“キラキラしてかわいい、前向きな自分になれる”を基本コンセプトにした桃香る烏龍茶です。
(中略)
■ 品川女子学院の生徒による主なアイデア ■
1. ダイエットにうれしい飲料=おいしく飲めるウーロン茶
2. 香りだけ甘く、喉越しや後味はすっきり。桃の香りで癒され、甘さゼロでも満足できる。
3. キラキラしたいと願う自分を応援する飲料=キラキラしたかわいいパッケージ。
もちろん現在は販売していません。
じっさいのところ、女子高生が悪いのではなく、女子高生をアテにしているオトナが悪いのですが、これまでも女子高生やOLがさまざまな商品企画を手がけてきました。そして大半がうまくいっていないのが現状です。
(企業の製品開発の実態を垣間見るという意味では、総合学習としては生徒には価値があると思いますけどね)
消費者が考える企画がなぜ失敗するのか
ソーシャルメディアの登場以前から、企業は消費者参加型の商品開発を手がけています。もちろん『グランズウェル』にある通り、またじっさいにmixiやFacebookなどで公式コミュニティを立ち上げて商品開発プロジェクトが実施されているように、こうした「統合戦略」は加速しているように見えます。
ただ成功率があまりに低いのも事実です。これら以外にも話題にもならずに消えていった商品も多数あるでしょうし。
そこで、どうすればうまく「統合戦略」を実践していけるかを考えてみます。
消費者はあくまでも「消費のプロ」に過ぎない
端的に言えば、消費者はあくまでも消費のプロであって、商品開発のプロではないということです。
もちろんそれをわかった上で一緒に開発することが「統合戦略」のキモなのですが、多くのケースにおいて「消費者」に「企画」や「開発」をお願いしていることが多いのではないでしょうか。
消費者の「売り手目線」になってのコメントにはまったく意味がありません。コストや常識など、社内では言うのもためらわれるような突飛な意見、前例を無視した意見ならまだ参考になる部分もあるでしょうが、「消費者に売れる企画を考えさせる」というのは、企業側の怠慢でしかありません。それを考えるのが仕事なのですから。
料理を作ることと、料理を食べることがまったくちがうのと同じです。消費者には「消費のプロ」として接するべきで、「企画のプロ」でも「開発のプロ」でもないのです。
そこをわきまえていないから失敗するのです。
例外的なケース
企業が消費者参加型の「統合戦略」を採用する場合、必ずしも画期的な商品を求めているわけではありません。
それは短期的な売上を狙う場合です。これは厳密には「統合戦略」ではないのですが、実施される内容はほぼ同じです。
人間の心理として、自分がかかわったモノには強い愛着がわきます。最たる例は子どもですね。だから「消費者にかかわらせる」ことを目的とし、彼らをそのまま顧客にするのです。
このあたりは投稿写真中心のペット雑誌や育児雑誌と同じです。自分が投稿した写真が掲載されていれば買うだろうと、とにかくたくさん載せるのです。そうすれば保存用や両親や近所に配るために何冊も買ってくれます。
また「mixiのコミュニティで開発した」という話題性を狙うケースもあります。それだけでテレビ等で紹介されれば、広告宣伝費をかけずに広く露出できますから。mixiにせよ、女子高生にせよ、そのブランドを借りることでPR効果を狙うこともあります。
とくにフレーバーを変えるだけのような開発コストが比較的安くすむ場合は、このような施策を行なうことで、そこそこの商品を発売し、短期に撤退することで利益を確保できるわけです。
あまり誉められた戦略ではありませんが。
プロシューマーは現われたのか
かつて「プロシューマー(生産=消費者)」という言葉がありました。これは生産者(プロデューサー)と消費者(コンシューマー)を合成した造語で、未来学者のアルビン・トフラー氏が1980年に発表した著書『第三の波』で予言した概念です。
モノが溢れた世の中では、消費者は自分がほしいと思うモノを自ら発案して商品化したり、メーカーに働きかけていくようになる、そうした賢い消費者のことをプロシューマーと呼んでいるのですが、じっさいには限定的にしか実現されていません。
具体的にはオープンソースの「Linux」やWikipedia(ウィキペディア)などが事例としては取り上げられるのですが、こうした無報酬の仕事で価値を生み出しつつ、それが無償で提供されているような例は多くありません。
メーカーに働きかけていくような事例に関しては、ほとんど皆無と言えるでしょう。
仮に大衆志向の逆として、こうしたプロシューマーによるカスタマイズが行なわれていくのだとすれば、究極的には消費者の数だけ商品が存在することになるわけで(当然そうすれば商品の価格は高くなる)、プロシューマーという概念そのものには賛同できるものの、これからも限定的にしか広がらないだろうと予想されます。
消費者には消費者のままでいてもらう
これまで紹介してきた通り、消費者を自社のビジネスに巻き込むというのは簡単ではありません。
消費者には意見を言う自由もあれば、何も言わずに競合他社にスイッチする自由もありますので、最初のハードルは意見を言ってもらえる関係構築にあります。だからこそ企業には誠実さと、透明性が求められているのです。
その上で「統合戦略」をうまく実践するには消費者には消費者のままでいてもらうことです。
「提案」ではなく「不満」に耳を傾ける
ソーシャルメディアの登場により、消費者はさまざまな場所で意見を述べるようになりました。ここで取り上げた特定のコミュニティ内だけでなく、自分のブログ、ツイッター、掲示板や投稿サイトで自由に感想を述べています。
その際に注意して耳を傾けたいのは「こうすれば売れるのに」ではなく「こういうのがほしいな」という声です。
消費者による「提案」ではなく「不満」こそが、大きなヒントになります。
言い換えれば新商品開発はほとんど成功しないということで、それよりも既存商品の改善こそが「統合戦略」のポイントになります。
じっさいに改善・改良を中心に成功している企業もあります。
無印良品の「モノづくりコミュニティー」
日本の誇る「統合戦略」の成功例が、この無印良品による「モノづくりコミュニティー」です。無印良品が2001年から始めている、このオンラインコミュニティではこれまでにたくさんの商品企画が生まれ、またじっさいに発売されてきました。
さらにはユーザー投票で1,000票集まればじっさいに開発が検討される「空想無印」という商品企画コーナーがあり、ここで「透明付箋紙」などが商品化されています(2010年3月終了)。
これは数少ないプロシューマーによる商品開発の成功例でしょうね。
現在は「空想無印」を吸収した「くらしの良品研究所」という消費者参加型のコミュニティーサイトを展開しています。
コミュニティに登録したユーザーへのアンケートやモニターを通じて、商品の企画開発が行なわれています。
この一連のサイトでの消費者の巻き込み方は見事で、まさにグランズウェルを乗りこなしている成功例と言えるでしょう。
「消費のプロ」には「開発のプロ」として向き合う
「統合戦略」を成功させるには、あくまでも企業が主体的に進めていくことが前提です。「アイデア募集」と謳うにしても、自分たちで考えることを放棄してはいけません。消費者は「消費のプロ」であって、「開発のプロ」はあなたなのですから。
消費のプロからはさまざまな声が寄せられますが、とにかく「不満」に耳をすませてください。「量が多い」「持ちにくい」「字が読みづらい」――こうした点を改善することが、ビジネス的な成功に繋がるはずです。
また流れとして、mixiやFacebookなどの既存のコミュニティ上で展開するケースが増えていますが、ぼくは無印良品のように自社コミュニティを活用することも検討すべきだと考えます。
もちろん初期のユーザーを集めるのが大変だという不安はあるでしょうが、改善が目的なのであればいまの顧客に声をかければいいのです。顧客、すなわち利用者こそがあなたの商品のダメなところをいちばんわかっているのですから。不特定多数のSNSにコミュニティを作ったところで、無責任な提案ばかりではなんの参考にもなりません。
消費者に意見を求めるのはいいことです。ソーシャルメディアの登場でそれが安価に、かつ大規模に行なうことが可能になっている以上、積極的に取り入れていくべきだと思います。
だからこそ餅は餅屋、消費者には消費のプロとして協力してもらうことを意識しましょう。