リアルタイム・ウェブとの付き合い方
ツイッターが流行し始めた頃から「リアルタイム・ウェブ」という言葉が使われるようになりました。
リアルタイム・ウェブとはなにか
「リアルタイム・ウェブ」は「ソーシャルメディア」くらいよくわからない言葉です。じっさい定義も人によって微妙に異なっているように感じますが、ものすごく簡単に言いきってしまうと「情報が瞬時に伝播していくネットサービス」を指す言葉です。
代表的なサービスはツイッターで、ほかにもFacebookもそうですし、Ustreamなどの動画配信も含める場合が多いです。より正確に言えばこうした個別のサービスを指す言葉ではなくて、概念とか現象自体を指しています。
「リアルタイム・ウェブ」はたしかにトレンドですけど、ただこうした言葉に踊らされていてはいけません。じっさい詳細に見ていけば、それほど大きな変化ではないことがわかります。この現象をひもときながら、消費者の行動において企業はどこに着目するべきなのかを考えてみましょう。
リアルタイムな情報配信は電波の専売特許
「情報が瞬時に伝播していく」という現象は少なくとも二段階に分けることができます。すなわち「ある情報を誰かに届けること」と「その情報が別の誰かに即座に伝わること」です。
前者についてはテレビやラジオがこれまでも担ってきた役割です。数百万から数千万人規模で届けているわけですから、ツイッターの比ではありません。
ネットへのリアクションは以前からリアルタイム
ぼくがビーケーワンにいた2004年頃、テレビに電話インタビューの形で出演したことがあります。日曜の夕方の番組でしたが、その際に「ビーケーワンというネット書店のCOO」として紹介されました。サイトのトップページが数秒映っただけでURLも表示されなかったのですが、サイトはパンクしてしまいました。
いまでも芸能人が結婚したとワイドショーで報道されれば、その芸能人のブログはアクセスが集中して見れなくなってしまいますし、先日もロッテが日本一になった影響で(優勝記念セールを始めた)ロッテリアのサイトがダウンしています。
まさにリアルタイムなネットへのリアクションはこれまでもかなりの規模で起こっていたのです。
もちろんテレビがきっかけというものばかりではなく、ネット内でも同様の現象は起きており、Yahoo!ニュースや2chからリンクされたことでサイトがパンクして落ちてしまったという話はいくらでもあります。
ポイントは「常時接続」と「モバイル」
こうしたリアルタイムなリアクションは新しいサービスの登場によるものではなく、通信環境の変化が原因です。
具体的には「常時接続」と「モバイル」のふたつが促進しています。
常時接続が一般家庭に普及し始めたのは2000年からです。ISDN、そしてADSLが普及したことで自宅のパソコンが常にインターネットに接続された状態になりました。また時期を同じくしてインターネット接続事業者(ISP)の料金体系として「定額制」が定着したため、技術的にもコスト的にも常時接続が当たり前になっていきました。
モバイル、すなわち携帯電話でのインターネット接続も1999年に「iモード」から始まったわけですが、当初はケータイサイトとPCサイトは分断されていました。それが2005年に「jigブラウザ」というPCサイトも閲覧できるアプリ(フルブラウザ)がリリースされた頃からケータイでのPCサイト閲覧が一般的になり、最近ではフルブラウザはほぼ標準搭載になっています。
また2006年にKDDIとGoogleが提携し、auの公式検索サービスとしてGoogleが採用されて以降は、各社公式メニューからPCサイトへの誘導も強化されました。
そしてケータイにおいても2004年頃から始まった定額制が、2006年前後からフルブラウザも対象になったため、さらに利用が加速しました。
このようにいつでも、どこからでもインターネットを利用できる環境ができたのは少なくとも5年近く前のことで、いまに始まった話ではありません。
ダブルウィンドウ(ダブルスクリーン)の定着
「ダブルウィンドウ(ダブルスクリーン)」とはいわゆる「ながら視聴」のことで、パソコンまたはケータイとテレビの同時利用のことを指します。すべてを同時に使う場合は「トリプルウィンドウ(トリプルスクリーン)」と呼ぶこともあります。
テレビを見ながら気になったことをその場で検索するという経験がある人はけっこういらっしゃるんじゃないでしょうか。
ドラマを見ながらタレントが身につけている洋服について調べる、野球中継を見ながら選手のデータや出身校を検索する、一時期流行したテレビCMの「続きはウェブで」じゃありませんが、ぼくたちはわざわざ促されなくとも気になる情報はウェブを検索して補完しています。
こうした流れが新しい情報通信機器の登場によって加速しているのは事実です。
格安のノートパソコンであるネットブックの登場もそうですし、スマートフォンやiPadのような通信端末は、ほぼ検索とメールに用途が限定されています。
情報を誰かに届ける手段の変化
リアルタイム・ウェブによって変わった部分があるとすれば、もうひとつの「その情報が別の誰かに即座に伝わること」のほうです。
もっともこれまでもテレビを見ながら「いまやってる番組おもしろいよ」とか「ワイドショーでやってたけど、誰々が結婚したらしいよ」といった情報は、メールで身近な人に届けられていました。
おそらく身近な数人から数十人に限って言えば、たいした変化はないでしょう。
変わったのは「わざわざメールで伝えるほどではない情報」が伝達されたり、「わざわざメールで伝えるほどではない相手」に届いたりする点です。
ここにおいてツイッターのようなサービスが貢献しています。ツイッターにせよ、ツイッターを真似たFacebookのニュースフィードにせよ、特定の誰かに向けたメッセージではなく、自分の周辺の人たちに対する特定少数(あるいは不特定少数)向けのふわっとしたメッセージが投稿されています。
良くも悪くもメッセージが軽いので、強制的に人を動かすようなエネルギーはないのですが、情報発信のハードルが低くなっています(したがってたくさんの情報が配信される)。
その結果、一部の消費者にこれまでと逆の流れが起こっています。さきほどのテレビを見ながら検索するのではなく、ツイッターを見てたらテレビの話題が流れてきたので、あわててテレビをつけたり、チャンネルを変えるといった行動が少しずつ見られるようになっています。
もっともまだまだ一部に過ぎません。スマートフォンの市場規模もそうですが、どれだけ騒がれたところで、世の中が変わるほどではありません。
ただぼくたちマーケティングに関わる人間は、こうした傾向には常に敏感でなければならないのも事実です。潮目が変わるタイミングを見極めるためにも、その予兆について意識しておくべきでしょう。
企業はリアルタイム・ウェブとどう付き合えばいいのか
繰り返しになりますが、リアルタイム・ウェブ以前(それは現在も含めて)の情報伝達はメールが中心です。
あとはブログやSNSでの日記などがありますね。ただしこれらは「即座に」の部分が弱いです。ぼくたちが友人のブログを読むのは翌日以降のことが多いですし、そもそもブログに書くタイミングが実体験の数日後だったりします。
つまりブログに書かれた時点で「過去」の情報であり、それをさらに時間をおいて読むことになるため、経験の蓄積や共有にはなるものの、同時性はありません。このあたりがブログがストック型と呼ばれる理由です。
それに対してツイッターなどのリアルタイム・ウェブはフロー型と呼ばれます。リアルタイム・ウェブでは「現在」と「未来」が語られることが多いです。
「渋谷なう(いま渋谷にいます)」や「これからミーティング」といったように、現在の行動や、これからの予定が投稿されます。
どんな情報が伝播するのか
ただしこうした情報は人から人へ伝播しません。あなたが渋谷にいる情報がどんどん転送されていくなんて、考えるのもおかしな話ですよね。
じっさいにツイッターでも伝播する情報は限られています。それは「共有する価値のある事実」か「強い主張」のどちらかです。
前者は「山手線が遅れている」や「テレビに誰々が出てる」といったもので、後者は「この記事を読んだけど、私はこう思う」といったものです。
「共有する価値」の有無は誰が判断するのか
電車の遅延情報などはそもそもメールでは共有されなかったものです。なぜなら相手にとって意味があるかどうかがわからないからです。もし相手がこれから同じ電車に乗るのがわかっていたらきっとメールで共有していますよね。
たとえば会社から出て雨が降っていたら、まだ残っている同僚に「外は雨降ってるよ」と共有するでしょう。
テレビを見ている場合も、相手がそのタレントのファンであることを知っていたならきっとメールしてますよね。じっさいぼくは「誰々が好き」と公言しているので、そういうメールをもらうことがあります。
でも多くの場合は相手が好きかどうかわからないのでわざわざメールはしませんよね。
つまり共有する価値があるかどうかはじつは受け手ありきの話ではなく、たんにその人が「誰かに言いたい。でも誰に言ったらいいかわからない」というだけのことです。
こうした情報はツイッター上に溢れています。
もちろんそうした情報に価値があることはまちがいなくて、同じ境遇の人や同じ趣味の人にとってみれば非常に有益な情報になります。
たとえばバーゲンセールなども相手がそのブランドを好きだと知っていたら直接メールで伝えるでしょうけど、わからない場合はとりあえずツイッターに投稿するかとなりますね。
それでいいのです。少なくともそういう情報の出口がこれまではなかったので、企業にとってみればプラスアルファと考えることができます。もちろん自分たちのファン(の一部)が可視化されることも含め、リアルタイム・ウェブを利用すること自体はいいことです。
このようにリアルタイム・ウェブとの付き合い方として、細切れでもいいから、即時性のある情報を配信するというのはひとつの方法です。
伝播する情報はリアルタイムとは限らない
もうひとつの「強い主張」については、ブログと変わらない話です。議論が起こり、意見交換・情報交換が起こるにはしっかりしたコンテンツが必要です。
事実、リアルタイム・ウェブと言いながらも、そこで伝播する情報自体はリアルタイムとは限らず、むしろ過去のコンテンツであることも多いです。
たいして話題にならなかった先週のニュースが誰かの投稿によって目に触れたり、当時は評価されなかった数年前の記事が昨今の現実を踏まえて脚光を浴びたりと、ウェブ上に資産として保存されているさまざまなコンテンツが発掘され、共有されることも増えてきました。
もちろんくだらないコンテンツが野次馬根性で広まることも少なくありません。しかし良質の記事がきちんと評価されやすくなっていることも事実です。
ソーシャルメディアやCGMといったところで、ぼくらが発信する情報の大半はリアクションなのです。
だからこそ企業は消費者にリアクションされるような価値のある情報を発信することをより一層意識していくべきです。
旬であることはその要素のひとつでしかありません。本当に伝えたいことをきちんと伝える――それができれば時間をおいてでもきちんと評価され、共有されるのです。
したがって当たり前の話になりますが、企業はリアルタイム・ウェブという不特定多数を相手に何かを伝えようとするのではなく、そこにいるひとり一人に対して誠実に向き合うことが大切なのです。
彼らにとって有益な情報を届けることがいちばんのリアルタイム・ウェブ対策になります。
恐れることはなにもない
けっきょくリアルタイム・ウェブというものは、情報を同時に不特定多数に届けるサービスのことです。そこで流れる情報は玉石混淆ですし、その多くは取るに足らないものばかりです。
しかし消費者がリアルタイムに反応すること、さらにある人の行動をきっかけに次々に情報が波及することは、メールと比較するとかなり規模が大きくなるため、企業としてはマーケティングにうまく活用したいと考えるのも当然です。
またその現象が可視化されたという点も評価すべきでしょう。
ソーシャルメディアの話も同じですが、いずれにせよこうしたインターネットの進化は正しいことが認められやすくなっているわけで、これは歓迎すべきことですよね。
だから恐れることなく、また背伸びすることなく、真摯に向き合ってください。
いまの消費者は企業に誠実さと透明性を求めています。それに応えることがなによりのソーシャルメディアマーケティングであり、リアルタイム・ウェブ対策になるということをあらためて伝えておきます。