「炎上」させないための「べからず集」
世の中にはわざと炎上させて注目を集める「炎上マーケティング」なるものがあり、それを喧伝している人もいますが、大多数の人は炎上は避けたいものですし、炎上が怖いがゆえにソーシャルメディアマーケティングに取り組めていない企業の担当者も多いですよね。
そこで炎上を防ぐ方法について整理します。交通事故と同じでどれだけ注意をしていても、炎上を100%避けることはできませんが、これを読めばそれほど恐れる必要がないことがわかるはずです。
「炎上」とは何か
まず最初に「炎上」について整理すると、炎上とはブログなどのソーシャルメディア上でユーザーからの批判的なコメントが殺到し、収拾がつかなくなった状態を表わす言葉です。語源としては、英語の「フレーミング(flaming)」からきており、以前は「荒らし」と呼ばれていました。
ただ「荒らし」がネガティブな意味、つまり私怨などユーザー側に非があるケースが多かったことに対して、「炎上」は運営者側に非があるケースが比較的多く見られます。もちろん大小さまざまで、揚げ足取りのようなレベルもあれば、明らかな失言によって炎上が引き起こされることもあります。
炎上のメカニズム
ソーシャルメディアの普及とインターネットユーザーの増加に伴い、炎上が起こる頻度は高まっています。ソーシャルブックマークや最近ではツイッターなどによって、特定の情報が拡散する速度が速まり、範囲が広がっているからです。
以前は炎上が起こっても少人数にしか知られずにすんだのに、いまでは数時間以内に何千人、何万人の目に触れることも珍しくありません。
炎上の困ったところは「盛り上がってるからとりあえず見に来る」ユーザーが大半であることです。いわゆる「野次馬」です。多くのユーザーは読むだけで去っていくのですが、一部のユーザーは便乗します。彼らは前後の文脈を読まず、過去の経緯も踏まえずに企業やタレントなどを叩くことに喜びを見出しているため非常に厄介です。
ここまでいくと沈静化するのはなかなか大変です。当然、こうした炎上を防ぐには隙を見せないことが肝心です。
避けられない炎上
どんなに気をつけていても避けられない炎上はあります。それが上述の、かつて「荒らし」と呼ばれていた私怨によるものです。これだけは防ぎようがありません。
ただしこうしたアンチによる言いがかりについては、毅然とした態度で臨めば問題ありません。炎上は公開された場所で起こるので、第三者が冷静に判断してくれます。煽動された結果、一部のユーザーが大挙して批判コメントを投稿するかもしれませんが、真摯に対応しましょう。客観的に判断できる材料をコメントしていけば必ず沈静化しますし、支援者が現われます。
過去の例に学ぶ
ソーシャルメディアは短いとは言え、数年の歴史がありますので、過去に学ぶことができます。
ここでは過去に実施されたソーシャルメディアマーケティングで炎上した事例を紹介します。
過去の炎上事例
ソニー ウォークマンAシリーズ
最初の事例はソニーが新型ウォークマンの発売にあわせて開設したブログです。おそらく日本の企業ブログにおいて、最初の炎上事例だと思います。
このブログは2005年11月にオープンし、なんと3日で閉鎖しています。
「ウォークマン体験日記★カワイイ★のがいいの!」と題されたこのブログは、iPodの対抗機種として出したウォークマンのPRとして開設されました。ウォークマンのモニターとして、pinkyさんと名乗る女性が使用レポート(体験記)をつづるブログだったのですが、そのブログ記事内に次のような記述がありました。
「早速音楽をダウンロードする予定が、自分のパソコンがmacだったことに気づき、撃沈。。。windowsのパソコンを買って、やっとダウンロードしてみました」
常識的に考えて、Windowsのパソコンを新たに買うよりも、iPodを買ったほうが安いです。最近ではイーモバイルの加入とセットで1円のWindowsパソコンもありますが、当時はそういったものもありませんでしたので、これを読んだ人が疑問を口にするのも当然です。ある人は自分のブログに、ある人は2chなどの掲示板に書き込みました。
するとこのブログで使われている写真にもコメントがつき始めます。写真の光量、ライトの当て方がとても素人ではないという指摘です。
結果、コメント欄に多数の疑問と批判が寄せられ、あえなく3日で閉鎖しました。しばらくはお詫び文が掲載されていたのですが、いまはそれも消されています。
このブログは一般ユーザーの体験記という体裁を取りながら、じつはソニーがプロモーションとしてライターを雇い、運営していたものです。こうした消費者のふりをして偽ったブログを「Fake Blog(フェイクブログ、やらせブログ)」と呼びます。
ウォルマート
Fake Blogとしてもっとも有名なのは、このウォルマート(Wal-Mart)による「Wal-Marting Across America」というブログです。
2006年4月にオープンしたこのブログは、アメリカ在住の夫婦、ジムとローラがラスベガスからジョージアまでキャンピングカーで横断する様子を書いた旅行記として開設されましたが、じっさいには大手PR会社のエデルマン(Edelman)が手がけたFake Blogでした。ウォルマートの駐車場はキャンピングカーなどで旅行する人に無料解放されており、夜はそこにクルマを停め、各地で出会ったウォルマートのスタッフとの交流をブログに書くことでPRを狙いました。
バレたのは夫婦のプロフィールからです。ブログを書いているのは本当の夫婦ではなく、ワシントンポスト紙所属の雇われの25歳カメラマンと、エデルマン社員の妹でもあるフリーライターの2人でした(ローラの実兄がこの企画の考案者)。
これは約半年後の10月に発覚し炎上、現在このブログは削除されています。
また、エデルマンはWOMMA(米国クチコミマーケティング協会)の倫理規定作成に関わっていることもあり、ウォルマートだけでなく、エデルマンに対しても批判が起こりました。
エデルマントップのRichard Edelman氏は自らのブログなどを通して「100%エデルマンの責任でウォルマートの責任ではない」と謝罪しています。
マイクロソフト Windows Vista
これもエデルマンが手がけた例ですが、2006年12月にマイクロソフト(Microsoft)が新製品「Windows Vista」を発売する際に行なったキャンペーンも混乱と炎上を引き起こしました(Richard Edelman氏の謝罪はなんだったのでしょうか)。
キャンペーンとしてブロガーにVista搭載のPCを提供しているのですが、その際に「使い終わったら返してもらっても、友人に渡しても、またそのまま持ち続けても構いません」と案内しました。
それを見た他のブロガーが「ブロガーにわいろを贈って、やらせブログを書かせている」と指摘したところ、マイクロソフトはすぐに訂正し「じつはあのVista搭載のPCは貸しただけで、そのうち返してもらいます」とその場を取り繕った発言をします。しかしそれはPCを提供したブロガーへの事前承諾を得ていたわけではないので「そんなことは聞いてない」と今度は彼らからも反発を受けます。
このように対応が二転三転したために信用を失うことに繋がりました。この手の、一部のブロガーにだけ商品を提供する「ブロガーサンプリング」はその対象者の選別方法を誤れば、嫉妬の対象となるため「厚遇だ」と指摘を受けることになります。
こうした失態はマイクロソフトだけではありません。アップルも「Start Mac体験モニター」というキャンペーンで似たようなことをしていますし、パナソニックも個人向けPC「Let’snote(レッツノート)」を一部のブロガーに供与しています。ほかにもたくさんあります。
自著(『そんなんじゃクチコミしないよ。』)にも書いたのですが、ぼくはこうした利益供与はすべきではないと思っています。なぜなら、彼らのやらせブログや提灯記事を読んだ消費者は「自分もタダでもらいたい」「またそのうちキャンペーンをするんじゃないか」という気持ちになることはあっても、「自分も買おう」という気持ちになることはないからです。
NTTドコモ 903i プッシュトーク
これはブログではなくSNSのケースです。ドコモが当時の新製品「903i」に搭載された新機能「プッシュトーク」をPRするために、mixi内に開設した公認コミュニティ「プッシュトークです、どーぞっ!」で起こりました。
2006年6月にオープンしたこのコミュニティでは「プッシュトーク」の認知度を高めることを目的としていたのですが、「スレッドを立てられるのは管理人限定」や「特定機種の話題についてはウェブサイトを参照のこと」といったコミュニケーションを拒否するかのようなローカルルールを定め、さらに「管理人アカウントへのマイミク禁止」を明言したために批判が殺到しました。
その結果、オープンして10日で閉鎖されています。
ブログよりも、さらにコミュニケーション色の強いSNSに公式の場を設けておきながら、企業の論理を一方的に押し付け、対話をしない姿勢を見せれば炎上するのも自明です。
もっとも「プッシュトーク」が流行らなかったのはこれが原因ではないと思いますけどね。
デル
これまでに見てきた例では企業のブログやSNSでの振る舞いが原因で炎上が起きていましたが、炎上の理由はそれだけではありません。むしろコールセンターの対応、店頭スタッフの対応といった直接対応での不満がきっかけになることも多々あります。
スタッフの無礼な対応に怒った消費者がそれをブログに書き、賛同者が現われて炎上が怒ります。この場合は企業ブログへ批判コメントを書き込んだり(この場合は該当エントリーがないので、無関係の最新エントリーが炎上したりします)、「電凸」と呼ばれる代表電話やサポートダイヤルに苦情の電話をかける行動に出ます。
そして企業にとってもっとも厳しいのはブランド名での検索結果で、批判サイトが上位に表示されることです。
まさにそれが現実となったのが「Dell Hell(デル地獄)」というデル(Dell)の批判記事です。これはアメリカの有名ブロガーであるジェフ・ジャービス氏が、保有していたデル製のパソコンに関するカスタマーサポートの対応がいつまでたっても改善しないことに腹を立て、デルに対する苦情を自ら運営するブログに書きました。
ソーシャルメディアの伝播力はスピード面においてだけでなく、それらがリンクされた結果、検索エンジンのアルゴリズムとして高評価に繋がるという面でも驚異的です。
この記事もさまざまなブログからリンクされたことで、一時的なデルのネガティブキャンペーンとして成功しただけでなく、その記録がネット上に残り続けているのです。
ナイキ
ナイキジャパンも過去に炎上を起こしています。「東京Just Do It」という広告キャンペーンを展開した際に、ノーブレーキピスト(ブレーキのない自転車)に乗った少年たちの写真に『ブレーキなし。問題なし。Just do it!』というコピーを添えた壁面広告を製作し渋谷パルコの壁面に貼りだしました。
ノーブレーキピストはストリートカルチャーとして一部で支持されていますが、ブレーキのない状態の自転車が公道を走ることは道路交通法違反です。そのためこの広告が違法行為を誘発・是認するものではないかという苦情が殺到し、数日で撤去されたという経緯がありました。
ナイキの対応は迅速で、看板の撤去、道路交通法違反を助長するメッセージについてのお詫びを自社サイト上に公開し、また自転車雑誌にもお詫び広告を出しています。
すでにルールは変わっている
ソニーのケース(炎上が起こったので即閉鎖)は従来ならスピード対応として担当者は賞賛されるものだったかもしれません。たとえばテレビCMに批判が殺到した場合は、すぐに放映を中止し、いかに早く差し替えるかがレピュテーションマネジメント上「正しい対応」と呼ばれたのでしょう。
しかしインターネット、ソーシャルメディアの場合はその対応は正しくないのです。ソニーはブログを閉鎖した際に
「本サイトは終了いたしました。一部の方々に誤解を生じる可能性のある表現があったことをお詫びいたします。サイト終了に際し、皆さまには大変ご迷惑をおかけいたします。」
というお詫びコメントに差し替えました。ナイキも同様です。しかしこのお詫びメッセージは不十分です。問題のあるブログをそのまま残しておくわけにいかないのはもちろんですが、少なくとも何があったのか、どこに不備があり、今後どのように対策を講じるのかを述べなければ、表面的な対応にしか見られません。
もちろんウォルマートやソニーのように削除して何も残さないのは論外です。
またネットの振る舞いが炎上を引き起こしてるんじゃないという点もあらためて強調しておきます。
マイクロソフトのケースもオフラインでのやり取りが中心ですし、デルのケース、ナイキのケースのように企業が消費者に対して発するあらゆるメッセージ――サポートでの対応や広告などすべて――がソーシャルメディア上で批判され、炎上に繋がることを意識しておきましょう。それが透明化された世界でのルールなのです。
炎上を防ぐには
では炎上を防ぐにはどこに気をつければいいのでしょうか。
モニタの向こうに人間がいることを想像しながら対応することは当然ですが、ウソをつかない、騙したり欺いたりしないことを徹底してください。ウソは必ずバレます。
そして公平な対応を心がけてください。一部のユーザーを優遇するのであれば、優遇されない大多数の人たちが納得のいく理由を開示しましょう。それがなければ嫉妬を生むだけです。
当たり前のように思われるかもしれません。そうなのです、炎上は最低限の注意を怠らなければ、ほぼ防ぐことができます。過去の例を見ても「そりゃ炎上するだろ」と感じたのではないでしょうか。
極めて常識的な話ですが、最低限以下の項目は守ってください。
炎上させないための「べからず集」
- 運営者の身分や企業との関係性を隠すべからず
- 不誠実、不公平な対応はするべからず
- 各種法令を違反するべからず(道交法や薬事法など)
- 不謹慎な発言はするべからず
- 他社批判をするべからず
- オンライン・オフラインの対応を区別するべからず
とにかく消費者を欺かないことを常に意識してください。
それでも炎上してしまったら
もちろん、それでも人間がやることですから失敗することはあります。気をつけていても失言するかもしれませんし、誤解を招く表現や説明が不十分なために炎上してしまうこともあるかもしれません。
そういった場合は素直に謝りましょう。早いほどいいです。ただしマイクロソフトのケースのようにその場しのぎの訂正や謝罪は逆効果です。何が批判の対象になっているのかを分析し、一度の謝罪で沈静化できるように落ち着いた対応を心がけてください。
そして本当に大事なのはその後の行動です。
デルは反省をして、その後は積極的にソーシャルメディアのルールに従おうとしています。すなわち同じ目線で、消費者の声に耳を傾け、積極的に対話を試みています。ブログやツイッターもやっていますし、「IdeaStorm」というアイデア投稿サイトも運営するようになりました。
このように炎上をきっかけにソーシャルメディアへ真剣に取り組めば、ユーザーは味方になってくれます。「ピンチをチャンスに」というのはよく言われることですが、その後の対応次第で挽回は可能だということも忘れないでください。
もうひとつ。炎上は起きないに越したことはありませんが、それほど恐れる必要もありません。なぜならそもそもネットで話題になったところで世の中の大多数の人は知らないからです。事実、炎上事例として紹介したウォークマンはその後も売れ続けています。
炎上を恐れて動かないのはもったいない
予算の確保、体制の準備……、企業がソーシャルメディアマーケティングを始めるにはさまざまな課題があります。そこに時間をかけることは当然ですし、ろくなトレーニングもせずに軽率に取り組むことにはぼくは反対です。
しかしスタートできない理由が「炎上が怖いから」というものであるなら、じつにもったいないことです。大半の炎上は防げますし、炎上が起こっても挽回は可能だからです。
炎上を恐れるのは当然です。それでも消費者とコミュニケーションを取りたいと願い、ソーシャルメディアに参加する企業はそれだけで応援の対象になります。
少なくとも炎上の起こる確率よりも、消費者と有意義な意見交換できる確率のほうが高いはずですよ。