ソーシャルメディアマーケティングにKPIはいらない(当面は)

企業がソーシャルメディアに参加する場合、最初の課題となるのは「KPI(あるいはROI)をどうするのか」だという話をよく聞きます。

現時点では「KPIROIも当面は無視する」というのがぼくの考えです。KPIについては、あえて決めるなら「対話した回数と人数」で十分です。

お客さんにお礼を伝えるのにKPIはいらない

ソーシャルメディアを活用したマーケティングには自社ブログの運営のほか、ユーザーのブログへのコメント活動やツイッター上の会話(アクティブサポート)もありますし、YouTubeを使ったPRや販促などもあるわけですが、今回の話は販促目的の用途は含みません。販促の場合はこれまで通りの計算方法、つまり売上とそれにかかったコストでROIは簡単に出せますし、KPIは利益額になるので議論の余地がないからです。

多くの企業で二の足を踏まざるを得ないのは、販促じゃないケースにおいて短期的な売上や利益を保証できないどころか、期待すらできない点で、とはいえ会話を始める重要性や危機感は強く感じているという場合でしょう。

この悩みはよくわかりますし、それを無視してゴーサインを出せない経営陣の気持ちもよくわかります。
ただ少し視点を変えてみてほしいのです。

店舗を構えて商売をされてる方であれば当然と思われるでしょうが、お客さんにお礼を述べる際にKPIROIのことを考えてませんよね。
ソーシャルメディア上での会話、カンバセーショナルマーケティングアクティブサポートはまさにこれをオンライン上で行なっているだけのことです。

たとえば店員の顔が見えるEC

たとえばECについて言えば、ぼくは現在のECはあまりに自動販売機になりすぎていて、商売の本質から遠ざかっているように感じています。
ECには年中無休や全国どこでもといった通販ビジネス本来の強みに加えて、従来の電話やハガキ、FAXに比べてコストメリットが効きやすい点が特長ですし、ゆえに成長分野でもあるわけです。

さらに店舗スペースやカタログのページ数といった商品陳列の制約が事実上なく、その無数の商品群から検索で見つけ出せる利便性は圧倒的な強みでもあるわけですが、どうしてもシステム的な利便性が先行したために、「便利だから使っている」という人ばかりで「この店で買いたい!」という強い支持には繋がっていません。

しかしじっさいにはECであっても裏側にはたくさんの人間が関わっています。大人気になりそうな商品を選定して仕入れるスタッフ、魅力的でわかりやすい商品ページを作るスタッフ、破損でがっかりすることがないように丁寧に梱包して出荷するスタッフ、年中無休を支えるためにシステムの面倒を見るスタッフ、リスティング広告に出すキーワードを日々考えてるスタッフなど、多くのスタッフがいるにも関わらず、彼らの顔は見えてきません。

ECが一般化してしまったいまこそただの自動販売機から、熱狂的な支持者が集まるような人間的な店作りをする必要があります。「サービス(ホスピタリティ)」と「人間化」こそがこれからのECにおいての差別化要因だとぼくは信じています。

その路線で成功を収めている代表はザッポス(Zappos.com)です。リピート率が75%という驚異的な数字は、彼らが電話やメール、さらにはツイッターを始めとするソーシャルメディアに深くコミットして、顧客と会話し関係作りに尽力した結果です。
(さらにそのおかげで新規顧客の43%が「友人知人に勧められて」――まさにクチコミで――ザッポスを訪れています)

http://www.zappos.com/

そんな人間的なECにするための最初の一歩がECでも当たり前のようにお客さんにお礼を伝えることです。そして悩んでいるお客さんにこちらから「何かお困りですか?」とサポートの手を差し伸べること(アクティブサポート)です。

街に出ればコンビニでもファミレスでも普通にレジで、あるいは帰る際に「ありがとうございました」とお礼を述べています。そこにKPIを定める企業はいません。もちろんROIも考えていません。同じことをすればいいのです。

メーカーはやらなくてもいい?

ECのような小売りだけがすればいいのでしょうか。メーカーは小売店に任せておけばいいと思いますか?

そんなことはありません。小売店は「売れる人気商品」を積極的に扱います。だからこそメーカーはむしろ積極的に自社のファンを増やす必要があります。
「商品を買う」という行為は消費者によるブランドへの支持票です。これは消費者による投票活動なのです。それこそ家電量販店などはまさに毎日が総選挙ですね。

だからこそメーカーは消費者が商品を検討する際に安心感を与え、彼らの一票を投じてもらえるように日頃から信頼や共感を育む必要があります。

知ってもらうだけなら広告を大量に投下すればいいでしょう。もちろん知らない商品が売れるわけありませんから、広告が必要な段階も当然あります。ただそこから先の「支持」に至るステップは広告だけでは難しいです。
もっと人間的なコミュニケーションがそこになければ、消費者の支持は得られません。

ROIは無視しても、コスト意識は必要

とはいえ誰でも彼でも会話をすればいいという話ではありません。当然そこには最低限のコスト意識は必要です。だからまずは「利用してくださった方」に絞り、さらに広げる場合も「購入の見込みがありそうな方」までを対象とすればいいのです。
あくまでも商売、あくまでもビジネスである以上、お客さんになる見込みのない方たちにまで広げる必要はありません。時間もお金も有限ですしね。

それでも人件費はかかるわけですし、ROIを無視できないという意見があるのもわかります。ただこれも考えてみてほしいのですが、一日中ソーシャルメディア上の声に対してお礼のコメントをつけまくらなきゃいけないような状況になったら、きっとビジネス的にもうまくいってますよね。そのくらい自社ブランドに対する声がブログやツイッターに溢れるなら最高に幸せだと思いませんか。

最初はROIを意識しなければならないほど、会話の相手がいません。見つけるのが大変なくらいでしょう。
だからここについてはよほどの有名ブランドでもない限り、本当に無視してかまいません。心配なら一度ブログやツイッターを検索してみればいいのです。

そもそも会話する目的はCRMの延長

ぼくが「当面は」と条件付けたのは、将来的にはコストはそれなりに大きくふくれあがるのを想定してのことです。

会話は一度きりではありません。同じお客さんと何度もやり取りが発生します。その人数が増えれば幾何級数的に増える可能性があります。
もちろんそれは仮説の上ではうれしい悲鳴となるわけですが、それを検証する方法もあらかじめ検討しておく必要はあります。

そもそもソーシャルメディア上で顧客(あるいは見込み顧客)と会話する目的はCRMの延長と捉えるべきです。今回の主旨である「お礼を伝える」ことを例に取れば、これは100%顧客であり、彼らに感謝を伝え会話をする目的は、

  • リピート率を高める
  • 離反率を下げる
  • ブランドロイヤリティ(顧客忠誠度)を高める

ことであり、その結果としてLTV(顧客生涯価値)を最大化する点にあります(加えて言えばその会話が衆人環視下で行なわれるためポジティブな印象を第三者にも伝えられる点があります)。
これまでのCRMはその大半がメールによるものであり、あらかじめ用意されたテンプレートのメールをあらかじめプログラムされたタイミング(例えば「数週間利用がない」とか)に送りつける、じつに一方的なものでした。

中にはJCBのようにうまく活用している企業は顧客の属性ごとにDMのフォントや文字サイズ、取りあげる特集など誌面を変えて成果を上げている企業もありますが、多くの企業でCRMの導入が進んでいないのはそれほどの効果を生まず、むしろクレーム誘発機会にしかなってない(寝た子を起こしてしまう)ことにあります。

ぼくはこの原因は「顧客ひとり一人に関するデータ不足」にあると考えています。JCBがうまくいっているのはカードの利用履歴という顧客を可視化・分類するために実用的なデータを保持しているからに過ぎません。
大半の企業は自社サービスの利用履歴や購入履歴しか持ち合わせていないわけですから、ワントゥーワンマーケティングと言いながらも、じっさいのところはきめ細やかなカスタマイズなどできるはずもないのです。

顧客データベースの拡張を検討しましょう

たとえばAmazonのレコメンドエンジンがすでに持っている商品を推薦してくるのは、ぼくらが他店で購入した商品を把握していないからです。多くの人はAmazon以外でも本を買っています。その情報がない以上、ぜんぜん最適化されていないのです。

同じことはメーカーにも言えます。DVDプレーヤーはソニー製のを持っていて、でもテレビはまだブラウン管でしかもサンヨー製の人がいたとして、その人がアナログ放送終了が近づくので買い替えようと思っていることをソニーは知ることができません。知っていればBRAVIAを薦めることも、AV環境をソニー製品で統一するメリットを伝えることもできるのに。

だからこそソーシャルメディア上の情報を自社の顧客データベースに関連づけるべきで、顧客データベースの拡張がこれからの成長要因になるでしょう。
まだまだソーシャルメディア上で本名を公開している人は少ないですし、最初は自社の顧客データベースとひも付けることはできなくても、会話を通じてそれは可能になりますし、そうすることで顧客にとっても有益な対応ができることを示せばひも付く人数は増えるでしょう。

もちろん監視されると嫌がる方もいるでしょうが、ここでの目標は全員をひも付けることではありません。まずは顧客との会話がLTVの向上に繋がり、収益に貢献していることを証明することが大事です。

会話をした顧客のリピート率や注文単価などを全体の平均と比較し、投資価値があることを示すのです。もし万が一、その結果が思わしくなければ再考(場合によっては撤退)することも必要でしょう。ただほとんどの企業においては良好な結果が出るはずです。

ソーシャルメディア上での顧客対応について新たに何かを始めるんだという考え方ではなく、そもそも本来やるべき「お客さまにお礼を伝えられてない」という反省から始めるべきだとぼくは考えます。

そしてKPIが不要とは思いませんが、中長期的な貢献しかできない取り組みに対して短期的な判断をするのは危険です。
まずは余計な駆け引きを抜きにして、素直にお礼を伝えるところから始めるべきです。

顧客をもっと理解しなければ、顧客に支持される企業にはなれませんからね。

河野

当メディア編集長。コミュニケーション・デザイナー。企画屋。1997年、ニフティ入社。2001年にニフティ退職後、フリーターとして数年過ごし、2004年から2005年までオンライン書店ビーケーワンの専務取締役兼COOを務める。ECサイト初となるトラックバックを導入し、また「入荷お知らせメール」などを考案した。また、はてな社との協業による商品の人力検索サービス等をプロデュース。2005年から2007年までシックス・アパート株式会社のマーケティング担当執行役員を務める。2007年から2010年までブックオフオンライン株式会社取締役を務め、サービスの立ち上げ全般のサポートに加え、「オトナ買い」や「デマチメール」などの独自機能を考案した。その後、フリーランスに。2014年から株式会社クラシコムに勤務。現在に至る。「アクティブサポート」や「最愛戦略」の提唱者。個人として「攻城団」と「まんがseek」を企画運営。個人のサイトはsmashmedia

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