クチコミマーケティングは人間関係から設計する

著書『そんなんじゃクチコミしないよ。』を出したときにいただいた批判でいちばん多かったのは「じゃあどうすればクチコミされるんだよ」というものでした。

どんなんだとクチコミするの?

企業もちがえば商品もちがう、さらには世の中の日々情勢も異なる中で、汎用的な法則などありません。

提供する商品やサービスの革新性、これまでに築いたブランド資産、そういったものがあるのかないのか、ただの有無ではなく競合と比較してどのくらいあるのか(ないのか)を相対的に見た上で、もっともふさわしい情報の届け方を設計すべきです。
クチコミの事例として、Hotmailやウォークマンが紹介されたところで、あなたの会社は同じくらいの知名度があり、製品に革新性があるのでしょうか(言うまでもなくこの2例はいずれも製品の革新性でクチコミされています)。

さらにはこれまでに顧客と築いてきた関係も(これは相対的ではなく絶対的な観点で)考慮しなければなりません。どこの会社もAppleのようなブランド支持者がいるなら同じようにやればいいのですが、あなたの会社には熱狂的なファンはどれだけいますか。

どんな商品でもその通りにやればクチコミされますよ、などと話す人がいたらそのほうが信用ならないと思いませんか。

できるのは環境作り、仕組みと仕掛けを考えるところまで

また、これらの諸条件をいろいろ考えたとしても、企業側にできるのは「クチコミされやすい環境」を作るところまでです。じっさいにクチコミするかは情報を受け取った消費者次第です。

もっともこうした不確実性はテレビCMでも同じなのですが、とりわけクチコミマーケティングの場合は成果が売上アップじゃなく、クチコミの件数(それも可視化されたソーシャルメディア上の投稿数)になることが多いため、うまくいかなかったと批判の対象にされることがよくあります。

ソーシャルメディアマーケティングもその実施目的の大半が「クチコミされたい」という動機で始められているのですが、この難しさをまずは理解しないと期待する結果に繋がらないでしょう。

個人的には広告代理店やPR会社が結果にコミットしていく点においてはいいことだと思います。ただしそもそも簡単ではないということ、とくにクチコミされるかどうかは過去の自社の取り組みや今回提供する商品次第であることを考えれば、彼らだけのせいにすることはアンフェアで、自社の状況を踏まえて身の丈にあった施策と目標を考えなければなりません。
(売上のために夢を見させる代理店がそもそも悪いという指摘は同感です)

以上のように、クチコミマーケティングを考える際は誰がやってもうまくいく魔法のテキストがあるわけではなく、ケースバイケースで設計しなければならないということがわかっていただけたでしょうか。

過去に提案したクチコミマーケティング施策の紹介

とはいえ、ケースバイケースだよで終わってしまっては参考にもならないでしょうから、ふたつほどじっさいにぼくが提案したアイデアを紹介します。

ただこれらは残念ながら実施には至らなかったので(だから書けるのですが)、これを読んでいただいて「なぜ実施されなかったのか」について考えると、さらに参考になるかもしれません。というかぜひ教えていただきたい。

保険会社のクチコミマーケティング施策

クチコミされにくい商売はいくつかあります。
ぼくが過去に相談を受けた事例でも、たとえばカツラを販売しているお店をやってらっしゃる方には諦めたほうがいいとアドバイスしています。
こうしたコンプレックス系は対面であれ、ソーシャルメディア上であれ、なかなか率先して意見を述べないので、クチコミに期待するよりも検索対策とかにチカラを入れるべきだと伝えました。

ぼくらが日常的に口にする、あるいはブログに書くトピックはだいたい決まっています。少なくとも「ほとんど書かない」部類に属するものがいくつかあって、そのひとつがカツラなどのコンプレックス系で、ほかにも借金や保険などの金融系などがあります。

普段の生活で「ここの保険いいよ」と言ってくるのは勧誘員くらいです。熱心に誘えば誘うほど裏でお金でももらってるんじゃないかと勘ぐられてしまうので、ぼくらは意識的にこの手の話を避けています。

一方で保険ほど消費者側に知識が不足している商品も少ないです。ぼくらはろくに各社各商品の比較もできないまま、テレビCMのイメージや記事広告に惑わされてよくわからないまま契約しています。
もし本当にいい商品を提供しているのであれば、この状況をなんとか突破したいと考えるのも当然のことです。

では保険会社はクチコミマーケティングができないのでしょうか。ぜひ考えてみてください。

ぼくはできると思っていて、それは親子関係を活かしたものです。すでに銀行や保険はオンライン型に移行が進んでいて、これは申込みが簡単なだけでなく、加入後のメンテナンス(契約情報の修正)がいつでもできる点においてもとても便利なことです。

とくにその会社はカスタマイズできることが強みだったのですが、単に「あなたにあった」保険契約を提案するだけでなく、「ライフステージにあわせて、不要なオプションをはずし余計な負担を減らしましょう」という提案をしていました。

子どもが独立したり、家庭を持つようになれば、そこまでたくさんのオプションを維持し続ける必要はないわけで、保険は契約した後に見直し続けることが大事なんだという社長の話に感銘を受けてお手伝いをしました。

テレビCMを大量投下する余裕はないのでネットマーケティング中心にという条件もあり、そこでぼくは伝える相手を30代の男性にし、その先の目的地を彼らの両親とすることを提案しました。
そして、息子から両親へ伝わった情報が、お母さん同士のネットワークで近所に伝わり、さらにそこから息子に伝われば大成功という設計です。

この会社に限らず多くの会社は「予算がないからウェブ中心に」と考えていますし、だからこそぼくに相談してくださるわけですが、ネットマーケティングで情報を届けられる相手かどうかの判断が先にないと、限られた予算さえも捨てることになります。
(アナログテレビ終了の案内をネット広告に出しても意味がないですよね)

多くの保険会社も似たような加入者の構成だと思いますが、この保険会社の場合も30代既婚者はメイン市場だったため(結婚して保険に入るという感覚はわからなくもないですしね)、ネットマーケティングに注力するのは妥当な戦略でした。

ぼくがクチコミマーケティングの提案をする際に意識しているのは、とにかく「クチコミの大半はオフラインで行なわれている」ということです。その一部がオンライン上で可視化されているに過ぎないので、オフラインのクチコミを推進・促進する設計にならない限り、総量は増えません。

この設計であれば親孝行となるかはともかく、自分たちが独立して結婚してもなお契約したまま放置されている、いまの保険契約の見直しを子どもから両親にアドバイスしてあげることができます。
当然そのための資料(会話のツール)をPDFで印刷したり、郵送で無料配布すればいいでしょう。契約者に限っては実家の住所を入れれば、直接ご両親に届けてもいいですね。

ケータイメールの普及もあって、親子の会話はまちがいなく増えています。子どもから親へ、親から子どもへ、有益な情報が交換される設計は現実的に見ても十分クチコミされる可能性があるし、保険というわかりにくいものを親子で考えるというストーリー自体に魅力があると考えました。

結婚式場のクチコミマーケティング施策

もうひとつは結婚式場のケースです。
結婚式場もクチコミされにくい商売のひとつなのですが、それは大多数の人は「人生に1回」しか経験しないという点にあります。ぼくは2回目もしたいんですけどね。

検討段階では誰もがいろんなプランを比較するのですが、そもそも体験として自分が知っているのはひとつしかないので説得力がありません。加えて、自分にとっても一大イベントであるため、クチコミで聞いたからといって、おいそれと「じゃあ私もそこで」とはならないわけです。

飲食店やホテルと同様に結婚式場に関するクチコミサイト(評価サイト)もあるにはあるのですが、結婚式を挙げた当事者にとっても、その情報を共有するメリットが少ないです。自分はできればもう二度としたくないわけですし、情報提供のギブアンドテイクが成立しないので、自発的に投稿するモチベーションに欠けるわけです。
そうしたサイトでは投稿件数を増やすために下見をした人の情報も集めているのですが、下見をしただけで、けっきょくそこに決めなかったということは、裏返せば「超オススメではない」ことを伝えているに過ぎず、あまりいいクチコミではありません。

クチコミマーケティングを実施したいものの、こうした問題点(テーマとしてクチコミの件数が絶対的に少なすぎる)がある場合、あなたならどうすればいいと思いますか?

じっさいにはこの話は仕事としての相談ではなく、セミナーで話した内容なのですが、ぼくは結婚式場の場合は当事者のふたりではなく、出席者に注目することを提案しました。ぼくらの多くは自分の結婚式を挙げるのは一度しかなくても、他人の結婚式には複数回出席しています。
出席者目線でクチコミされるように施策を考え、出席者に支持される結婚式場を目指せばいいのです。

ブログを検索してみれば、当事者のブログよりも出席者のブログのほうがはるかに多くヒットします。
たとえば彼らが自分のブログで紹介しやすいように、会場や料理の写真を式場側で用意しておくとか(もちろん顔が写らないよう出席者のプライバシーに配慮して)、料理のメニュー一覧などもコピペしやすいように用意しておくのも喜ばれると思います。
言うまでもなく、この場合の写真は宣材写真ではなく、ちゃんとその日の料理の写真、その日の会場の写真にしないとダメです。

また当日も式場側でひとりカメラマンを用意して、各テーブルをまわって公開してもいいかを確認しつつ出席者の写真を撮影するのもいいですね。自分でも自由にダウンロードできるなら了承してくれる人も少なくないと思いますし。

結婚式を挙げるということは当事者ふたりは主賓であるとともにホストでもあります。だからこそ出席者目線の情報を自社のサイト内外(外はもちろんソーシャルメディア)に充実させて、出席者に喜んでもらえる結婚式を提案していければ他との差別化にも繋がっていくと思うんですよね。

ちなみに出席者に喜ばれる具体的施策はもっともっとあると思うのですが、なにぶんぼく自身が誰かの結婚式に出た経験が数回しかないので、アイデアが足りてないのは自覚しています。

クチコミは人間関係を伝わる

親子の関係、結婚式に招待する友人知人の関係……、こうした人間関係を無視してクチコミマーケティングの設計はできません。

そもそもクチコミマーケティングは「話題作り」ではなく「行動を促す」ための施策です。それを考えればより近い人間関係のほうが効果的なのは言うまでもありません。

もちろんこうしたリアルな人間関係にとどまらず、ブログの読者といったオンラインの人間関係も生まれています。情報の流れ方も双方向ではなく一方的な箇所もありますし、ほぼ毎日情報が交換される関係もあれば年に数回しかやり取りがない関係もあります。

たとえばケータイの電話帳に1,000人登録しているという人が「俺には友だちが1,000人いる」と言ったとして、あなたはどう感じますか。そんなの友だちの定義次第だろと思いませんか? その人が1,000人に本当にクチコミしてくれる(行動を促すことができる)と思いますか?

じっさい大事な情報をペラペラと1,000人に話すわけはないですし、もし話したとしても今度は聞く側が貴重な情報として受け止めてくれないでしょう。

「ここ良かったから行ってみたらどう?」、「これオススメだから買ったらいいよ」とオススメされるから行動が起こるのです。
そうしたクチコミは人間関係の「量」より「質」が問われるのは当然のことです。

あなたの会社でクチコミマーケティングを実施する際、それは消費者間の人間関係を踏まえた設計になっていますか?

河野

当メディア編集長。コミュニケーション・デザイナー。企画屋。1997年、ニフティ入社。2001年にニフティ退職後、フリーターとして数年過ごし、2004年から2005年までオンライン書店ビーケーワンの専務取締役兼COOを務める。ECサイト初となるトラックバックを導入し、また「入荷お知らせメール」などを考案した。また、はてな社との協業による商品の人力検索サービス等をプロデュース。2005年から2007年までシックス・アパート株式会社のマーケティング担当執行役員を務める。2007年から2010年までブックオフオンライン株式会社取締役を務め、サービスの立ち上げ全般のサポートに加え、「オトナ買い」や「デマチメール」などの独自機能を考案した。その後、フリーランスに。2014年から株式会社クラシコムに勤務。現在に至る。「アクティブサポート」や「最愛戦略」の提唱者。個人として「攻城団」と「まんがseek」を企画運営。個人のサイトはsmashmedia

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