[書評]グランズウェル

すでに読まれた方も多いと思いますが、この本はソーシャルメディア時代のマーケティングについて学びたい方にはオススメです。

多くの危機感を煽るだけの書籍とちがって、ぼくがとくに本書に共感したのは、企業のソーシャルメディアマーケティングは組織の問題で失敗する(あるいはそもそも実行できない)ことが多いことを明言している点です。

この問題は日本においても同様で、新しい文化に変化する過渡期において、保守的な人たちがブレーキになることは多く見受けられます。
ですが行動しない限り、本書に出てくる言葉を借りれば「会話の輪に加わらない限り」その企業に未来はありません。ここを断言するのは危険だなと思いつつも、最終的には自分たちのブランドを守るためにもその選択肢(消費者の会話に参加する)しか残らないだろうと思います。

テレビCMはじめ、広告に効果がないというわけではありません。事実ケータイサイトなどはテレビCMによって大幅に会員数を伸ばしており、その影響力はまだまだ大きなものです。
ただし多くの企業にとってテレビCMに出稿するだけの予算がないという現実、そして仮に予算が確保できた場合でも一方的な宣伝では誤解が生じた際に訂正が難しいというリスクを考えれば、ソーシャルメディアを媒介して消費者と向き合う必要が――多かれ少なかれ――あるというのも事実です。

そもそも広告とはメガホンで話しかけるようなものであり、消費者を最初に振り向かせることはできても信頼され支持を得るまでには至りません。そのためブランドロイヤリティを醸成するには良い製品を提供することはもちろん、良いサービス、良いサポートと顧客とのコミュニケーション全体を高いレベルで実現しなければなりません。そうすることで顧客はブランドへの愛着を抱き、支持者へと変わるのです。

まずは消費者、とりわけ自社の顧客と話ができるように、彼らのいるところに自ら出向かなければならないのですが、出向いたからといって話を聞いてもらえるなどと思わないことです。そこでのあなたは「よそ者」なのですから、甘い期待は捨てることです。誰だって見知らぬ人から話しかけられれば身構えてしまいます。

消費者の会話の輪に加わることは、「聞いてもらえる可能性がゼロではなくなった」ということに過ぎません。加わらなければゼロのまま、だけど加わったことによってもしかしたら耳を傾けてもらえるチャンスが生まれただけなのです。
ソーシャルメディアは消費者のメディアです。謙虚さがないとまるで相手にされないことを自覚することが最初の一歩です。

また、次の点も重要です。
ソーシャルメディアに参加しなくていい企業はありませんが、だからといっていますぐ始められるほど簡単ではありませんし、覚悟も伴います。始めた次には、続ける苦労が待っているわけですから。
だからおいそれと始めていいものではありませんし、入念な準備が必要です。多くのPR会社や広告代理店たちが軽率に「いますぐ始めましょう」と煽っても、準備が整うまでは始めるべきではないのです。

本書では小さく始めることを推奨しています。ぼくも同感です。
最初は消費者の声を聞くこと、「傾聴」から始めるように説いているのは、ソーシャルメディアというある種の鏡を見ることによって現実を認識し、そして組織の問題にきちんと向き合うためです。
どうすれば消費者の声に素早く対応できるのか、どうすれば企業のすべての窓口から発せられるメッセージを統一できるのか、夜中や休日の対応方針、チーム編成やガイドラインの作成、さらにはトレーニングと企業内で検討すべきことは山のようにあります。

だから本書に書いてあるように、正しいパートナー選びをしなければなりません。付け加えればそれは企業選びではなく、担当者選びの意味だと認識しなければなりません。とりわけソーシャルメディアマーケティングにおいてはノウハウは人に蓄積されています。会社が有名か無名かは関係ありません。誰にサポートをお願いするか、その人の実績をきちんとチェックしましょう。極端な話、担当者の名前で検索しても何もヒットしないのであれば、その人がソーシャルメディアでいい仕事ができるとは思えません。

本書のタイトル「グランズウェル」とは「大きなうねり」を意味しています。
それはまさに無視できない消費者の存在のことであり、グランズウェルはもうすでに日本でも起こっています。
毎日新聞社が運営している英文サイト「毎日デイリーニューズ」(Mainichi Daily News)で下劣な記事を海外向けに配信していたことを知ったユーザーのクレームにより、Yahoo!が同社のニュースサイト「毎日.jp」への広告配信をストップした(2008年7月)のもグランズウェルの一例でしょう。

もちろんこうした行為のすべてが誉められたものではありませんが、思い返せば「東芝クレーマー事件(東芝ユーザーサポート事件)」の頃から日本も変わりはじめていたのかもしれません。

「東芝クレーマー事件」についてご存じない方に簡単に説明すると、これは1999年に起きた事件で、東芝のビデオテープレコーダーを購入したユーザーが購入直後に製品の点検・修理を依頼をしたところ、勝手に改造されたうえに、それを問い合わせたら各所をたらい回しにされたあげく、担当者に暴言を吐かれました。その失礼極まりない電話の内容を録音した音声ファイルをホームページ上に経緯とあわせて公開したところ、多くのネットユーザーが知るところとなり、さらには大手マスコミを通じて報道され、最終的には東芝不買運動へと発展し、同社の副社長が謝罪するに至った事件です。
(この事件には諸説あるので、詳しくはWikipediaやまとめサイトを参照してください)

これは一般人がネットを使って世論を喚起できることを示したインターネット時代の象徴とも言える事件ですが、「ひとりの問題が、みんなの問題になりうる」ということを、当時まだニフティに在籍していたぼくも強く実感したものです。

あれから10年あまりが経って、そのうねりはますます大きくなっています。ネット上の話題をマスメディアが取り上げるタイムラグもほとんどなくなってきましたし、グランズウェルはネットとリアル両方を行き交いながらどんどん巨大化しています。

ソーシャルメディアが怖い、インターネットが怖いと感じるのは当然です。そのくらい大きなエネルギーがそこにあるのですから。
ただそれが無視できない存在になったいま、どのようにして向き合うかの指南書として本書は適しています。

ひとりでもたくさんの人にこの本を読んでもらって、ともに話し合えたらいいなと思っています。

河野

当メディア編集長。コミュニケーション・デザイナー。企画屋。1997年、ニフティ入社。2001年にニフティ退職後、フリーターとして数年過ごし、2004年から2005年までオンライン書店ビーケーワンの専務取締役兼COOを務める。ECサイト初となるトラックバックを導入し、また「入荷お知らせメール」などを考案した。また、はてな社との協業による商品の人力検索サービス等をプロデュース。2005年から2007年までシックス・アパート株式会社のマーケティング担当執行役員を務める。2007年から2010年までブックオフオンライン株式会社取締役を務め、サービスの立ち上げ全般のサポートに加え、「オトナ買い」や「デマチメール」などの独自機能を考案した。その後、フリーランスに。2014年から株式会社クラシコムに勤務。現在に至る。「アクティブサポート」や「最愛戦略」の提唱者。個人として「攻城団」と「まんがseek」を企画運営。個人のサイトはsmashmedia

シェアする

1件のコメント

コメントを残す